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自我自論

2017.06.16

ハッピーリタイヤメント 楽しく終われ

 ネットとリアルは地続きでないと考える。ネットだけでは地に足がつかない。浮き足立ってる。土がないからだ、ネットには。これは世界の普遍的事実。リアルあってこそのネットであって逆にネットを基準にリアルは成り立たない。これからどれだけネットが発展してもその関係性は逆転しないだろう。

 それを踏まえてみるといかに現代人の多くが「浮き足立っているか」よくわかる。ネットは情報操作の上ではかなり便利な道具だけど、そのいっぽうでネットの魔力に催眠され、ネットの片手間にリアルを生きる人間が増えている。これは便利の不都合といわざるを得ない。無限大の可能性というやつは一方で、それだけ先が見えない絶望を生むことにもつながるのだ。

 ユーザーの精神的成熟さが試されているのだと思う。その手軽さゆえに誰もが軽薄に扱い、一見誤魔化されてはいるけれども、これは一種の「修行」にちがいない。

 何を拾い、何を捨てるか

「持たない生活」「持たない贅沢」「貧乏入門」「断捨離のすすめ」など、バブル高度成長期の真逆を示す本がここ最近静かに売れているそうだ。「農業ブーム」もその影響の現われだろう。戦後復興の時代には考えられなかったことだが、便利なモノをつくりすぎてその道具箱のなかでもがき苦しんでるのが今の日本の風景である。誰もがいらないものを捨てたがってる。けれどもいったいそのどれが必要でどれがいらないものなのか自分でもまったく検討がつかない状態なのだ。

 20世紀は「向かっていく時代」、21世紀は「終わっていく時代」と考える。我々はちょうど世紀の節目を生きた貴重な世代。世紀末という名のとおり、20世紀を終わりに向かう時代と思っていた人は多いだろうが、アタクシの印象としては世紀末の暗さ以上に新世紀に向かう希望というか、世界の国々が一致団結して世紀を突破する明るさに満ちていた感じだ。とにかく楽しかった。世紀末ひとつにしても終わるカタルシスをかみ締めてた。
 当時絶大的な人気を博したマンガ「AKIRA」や、アタクシが記憶するなかでも「朝まで生討論」の番組にシャレじゃないけどオウムの麻原彰晃らが出てて、新興宗教団体が一同に会して議論を交わすという前代未聞の企画があり、とても興奮したのを覚えている。あれはおそらくあの時代だからこそ可能だったのだ。奇妙な話ではあるが我々は終わる希望に満ちてた

 が、いっぽう新世紀を過ぎたあたりから時代の空気は一変してしまう。まさしく無限の可能性=闇の宇宙である。我々は目指すべき時代の方向性を見失った。
 「ひきこもり」の青年やゲームや美少女フィギュアに埋没するオタクを責める人がいる。責めるのはカンタンなのだ。しかし責めるだけで何の解決策も提出しないとあっては無責任すぎるではないか。アタクシはその先を往きたい。答えは『ハッピーリタイヤメント』である。浅田次郎氏の小説にあった。良い言葉である。おそらく小説の内容は定年退職した人間ばかりを扱った、昔でいうところの大橋巨泉っぽい(といっても大橋氏のは完全自慢話だったが)本なのかもしれないが、この言葉は全人類に共通するアンチテーゼとなり得ると確信的に思った。つまりこれまでの社会常識からすると[リタイアするのは悪いことだ][働く体にさらに鞭打つかのようなバリバリ仕事人間が偉い]とする風潮があったが、終わりたい人間は終わればよろしい。ただし終わるのであればそれなりの覚悟をもって悲愴に暮れず、明るく前向きに受容れるべきとの解釈だ。
 ひきこもったり、仕事もせずにゲームに没頭しているとどうしてもコンプレックスから暗い気持になったり、他者に感情的に暴力を振るったりして迷惑をかけてしまう。そうなるのは自分で自分を認められないからだ。降伏できていない。たとえそのリタイヤが自分のせいでなく、身の上に降りかかった不運だとしても、すべてを受容れることでハッピーにリタイヤできる。
 何よりアタクシが哀しいのはこうした愚痴のひとつでさえ受け流せない世間の敷居の高さである。他者の失言や暴言はたしかに不快なものも多いが、いっぽうで聞く側の人間が涼しい顔をしていればそれは何ら問題はないのである。涼しい顔をしていられないのは自分に思い上がりがあるからである。許容できる範囲を上回るから動じてしまう。

 アタクシは終わりたい。人間の終わりを目指す者である。人はそれぞれやりたいことでできることをすればいいと思う。働く必要を感じれば、必要に駆られて働けばいいし、それが嫌ならせめて今の自分にできる精一杯の恩返しをして、とにかく周囲を明るく巻き込むくらいじゃないと互いに気が滅入るいっぽうだろう。
 諦めながら諦めない。つまりこれこそがハッピーリタイヤメントの思想である。ダメでもいい。ダメでもともと。人間など所詮己の価値を信じる生ゴミにすぎない。生きとし生けるものすべてがそのうちいつかは朽果てるのだ。
 少子化問題、介護問題、ひきこもり、いじめ問題‥それらすべては世の絶望に起因する。今の世の中、諦めたもん勝ちである。ハッピーリタイヤメント!明るく終わろう!

参考資料:

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2017.05.13

『 ないがままに生きる 』

万事快調
とくに何もすることがなく、 結果として何も起こらないまま
今日も安泰に一日が終わった 。

無計画どおりだ。

仕事に追われる身、立ち止まる時間も 考えてる暇もないので、
生活に〝ゆとり〟がない。

すべては思いつき、必要に応じて無意識下で動く 。
慣れなのだろう 。こうして幾日何年も過ごしていると自然と身体が反応してくれる 。
イッツオートマチック 。電車に揺られて運ばれてるようなもの 。

そこいらのニートどもは、〝ゆとり〟を持て余し、
穀潰し、懊悩し、生き苦しいときく。
才能花開いてそこそこ夢見がちに暮らせる少数エリートニートは
賞賛されつつ稼働もするだろうけど、大多数は脳だけで自己防衛し、
無駄を無意味と取り違え、フリーズしている。

働いたら負けと思っている価値観には
闘わずして白旗揚げてるような稚拙さかある。

動けぬと動かぬはちがうのだ。
これは自分が自分で決めた生き方。

会社に染まってみてルーチンがどんなに楽かわかった。
それまでアタクシは単に食わず嫌いだった。社会に出る勇気もなくずぶ濡れの仔犬のごとくずっと怯えていた。それだけだ。

人生は一度きり。儚く短い。
常識にとらわれ、いつまでたっても未成熟のまま
無駄を切り捨てていては人生そのものが無駄になってしまう。
無駄にこそ価値がある。とくに凡人には。

もっとはやくに気づくべきだった。どうせもう遅いのだから
今ならまだ間に合うのだから悔いが残らぬよう、
恐れず何でもやってみることだ。


卑屈になっても甘えん坊 。
えーかげんにせーよ ほんま 。。

2016.05.29

人権交代。

Jinkenkoutai

煩い夏

 

定額給付金

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2016.05.16

支援する者がつまらない人間であってはならない。

 支援する者がつまらない人間であってはならない。

ところが現状の支援者には何の魅力も感じない腑抜けが多いという衝撃の事実。おそらくそれは福祉業界が不人気かつ人手不足で、希望さえすれば誰彼かまわず採用するシステムに問題がある。何でもいいから仕事を得たい人間にとって最後の砦になりつつあるのが福祉業界。夢破れ、夢も希望もなくした人間が、最終手段焦って就職する場所となっている。つまり嫌々働いている人間が大勢いるってこと。それは賃金が安いことも拍車をかけている。

当然そんなやる気のない支援では誰にも満足いくサービスはできまい。たしかに人手不足解消のためより多く人を雇い入れることも大切だが、それと並行して支援者の質の向上に努めなくてはならない。そのためには福祉以外にも幅広く関心を持つハイブリッドな人材を確保する必要があるのではないか。

というのも、利用者がそれを望んでいるからだ。どちらかといえば利用者が関心をもつ話題は福祉以外。利用者にとって福祉は単なる居場所でしかなく興味ではない。となると利用者にとって魅力ある支援者は福祉の他にある。それに寄り添わなくては。

もちろん福祉の技量が必要ないというわけではない。ただ今の福祉業界はそればかりに力を入れ過ぎて、遊びがないのだ。

そこまで余裕がないとの声が当事者から聞こえてきそうだが、それではよりよいサービスを提供してるとは決して云えまい。

音楽、絵画、映画。
芸能、アイドル、マンガにアニメ。何でもいい。

とにかく普通の人であること。普通に魅力的な福祉人独特の堅苦しさを感じさせない人であること。

 たったそれだけで福祉業界は大きく変わるだろう。

2016.03.31

★★★パワートゥーザピーポ! バカに力を!! ★★★

ナメハメハ お便器ですか 久方ブリブリうんこ 今出たとこ いっぱい食べなさい
射精と冗談は顔だけにして ホンマにもう(ウソ!)
毎年毎年ご無礼サマです
ニッポン全国 つ つ うらうら 春うらら
明日はどこでも四月バカ *

Rihabiribiri9

で? 今年どうすん?やるの?
アタクシないアタマ振り乱して必死に考えもした
時代のながれについてけない 
ものおぼえがわるい ハキハキしゃべれない
テキパキ動けない 関係ギクシャク
叱られっぱなし おいてけぼり
脈がない 会話がない ひとりぼっち
アカンもうダメ ウツなりそう
今年もヤなこといっぱいあった ウンザリするほど!!
どうせ棄てるんでしょ いつか滅びるんでしょ
もうジッとしてなんかいられない
恥を捨てよう 町で出よう
答えはイエス!‼!‼!


さあ バカ見の季節です!!
皆さん おカラダ拝借 パパンがパン
ええじゃないか ええじゃないか
 無人なって踊ろ ♪♪
んなバカなこと
ずっとやりつづけるだなんて
なんて四月バカな人!(ホント!)

2015.06.20

オレの失敗は蜜の味 - 失敗について -

 やれ打つな 蠅が手を擦り足を擦り

ダメでした そうカンタンに蠅を打ち殺せなんだ。

いつもの僕らならいとも容易く蠅を退治してるところなんですが、

仏教にまつわる選書を紐解いたからでしょう。

なんだか妙に慈愛が芽生えてしまって
目を凝らして蠅をじっとみてると憐憫の情が沸いてきて

お前は運がいい 今日の俺は殺生する気分ではないのだ さあ行くがいい

とばかり 誰もいない 直射日光に照らされギンギンに焼けた 六畳一間の部屋の簾の涼みで

アタクシはもごもごと独りごちながら 蠅叩きの柄の部分で蠅を追い払う。

 人間そんなもんス

身に付くには到底及ばない付け焼刃な勉強でも、
ついついその気になって「今日から俺は変わった」
「今までの俺とはもうちがうのだ」
みたく
これまた誰もいないのに天に向かい高らか公明正大に宣言したりなどして

丸三日、悦に浸る。 して三日後またキレイさっぱり忘れてしまう、と。

でもフツーそれ一回だけではまったく諦めがつきませんよね。

だから人は何度も何度も同じ過ちを繰り返し、そしてデッカくなっちまう

成長すると思ってる人いるかもしれませんが、この言い方にはロジックがあるので
あんまり使いたくない。ただノウノウと何も噛締めず生きてるだけでは
人間まったく成長しません。否、カラダは時の経過とともに自然デッカくはなるでしょうが、
頭の記憶は 成長しようとする意識がないことには ずっと止まったままなんです。

そりゃあまったく成長しないだなんて人間の頭をもってすれば
たとえどんなにIQ低かろうが不可能に近いことと思う。

でも成長しようと積極的に頭を働かす人とそうでない人を比較すれば
その差には大きな開きがあるはず。

とにかく動くこと動くこと そして考える
動きを続けるには失敗を恐れぬ気構えがいる。

失敗を恐れぬということは何も省みるなということではない。
逆に恐れぬからこそ何度も何度も省みることが可能なんです。

失敗を恐れぬということは失敗を楽しむということでもある。
失敗を遊ぶのです。

こういうとまた世間様からお叱り喰らいそうですが、
もちろん失敗は苦しいものです。失敗はしょっぱい味だ。
でも「良薬口に苦し」と申しますように、
失敗は人生において欠かせない絶妙なスパイスともいえるわけです。

 ・

作品においての失敗は「駄作」と呼びますね。

神経質、完ぺき主義等でそれを嫌う作家も多いと思うんですが、

美術家 横尾忠則氏がキリコを語る文章で
こんなことをいってました。以下抜粋。

‥キリコは20代で「形而上絵画」を描いた後、古典的な絵画の模写を始めます。まるで画学生のように。以降の作品はみな三流という評価です。
でも、僕はよくサインを入れたなあ、とあきれるような絵が好きなんですよ。完成作に秘密はありません。世間が駄作、失敗作と呼ぶ作品は、作者が隠さないといけない本音を漏らしていて、発掘できるものが多い。 /

つまり藝術においても失敗は、まったく活きないわけではなく
こうしたカルトな楽しみ方をしてくれる人にとっては、
よりミステリアスで良質なエンターテイメントたり得る、
ま、全部がそうとはいえないでしょうが、可能性がゼロとはいえないわけです。
全力で絶望に打ちひしがれる必要はない、と。(太宰風パフォーマンスで売りたい人は別ですケド)

 ・

これもよくある話なんで、ついでに申し付け加えますと
ネット世界においても同じことがいえる。

ネットブームの火は拍車するいっぽうだから、
ネットに夢中なあまり全力でリアルを投入する人がたくさんいますよね。
これはとても危険な行為です。

ネットはリアルとはちがいあくまで仮想なんだから、全力で臨むと必ずどこかで裏切られる。そのギャップが絶望を生むのです。

全力で臨む人たちはそれだけ純粋で素直なコってことだから
非常に酷な話かもしれないんですが、
でもだからこそ そういう繊細なコたちを救済したいと思う。

たとえ失敗しても、繰り返し繰り返し
アタクシはこうして警鐘を打ち鳴らしつづけるのです 反面ギャグで

いま分かり合えなくてもいい。
ただ絶望して自ら死を選ぶくらいなら、
ネットをお切りなさい、と。

仮想空間を抜け出した後、それでもリアルに絶望を感じるようなら
まずアタクシんとこでバカになる勉強してから考えなおしなさい、と。

 ・

では さいごに
「おかしみの中に人生の深淵をのぞかせる」名随筆家 内田百閒の名言を寄せたい。

 知らないという事と忘れた事とは違う。
  忘れるには学問をしなければならない。
  忘れた後に本当の学問の効果が残る。

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2015.06.19

悲しきダメ人間

腐っても鯛 狂っても人間

人権問題の根の深さは、その差別してる側の人間が差別することに何ら違和感を感じていないことである。言い換えると 差別していながら差別していない との倒錯した意識を持ってる。

たとえば障害者を擁護しつつダメ人間を全否定するモラリストや 人権侵害した者には牢獄でもいっさい人権を与える必要はない との過激な思想をもつリバタリアンがいる。
ボーダーラインをどこに引くか?あるいは引くことそのものが人種差別のはじまりなのか?

障害者 ボーダー発達障害者 ひきこもりニート 悲しきダメ人間 へと
差別の対象は脈々と受け継がれている。

ダメはダメじゃないのだ。近視眼的にみればダメな人間も 他方からみればこんなに役立ってる みたいなことはザラにある。

ほんとうの意味で人種差別をなくしたいのであれば、
誰を救って誰を見捨てるか じゃない。
アングラ含んだ人類全体を救うか 見捨てるか である。

【共感疲労とレスキュー】

【共感疲労】沁々と世界が灰色にみえてる人の話をきいてると 自分にも灰色にみえてくる。なのでそれに打ち克つくらいの気丈さがないとヘタに耳をかすのはキケンだ。救いたくても救える人と救えない人がいる。勇気と根性。レスキューする側される側双方に、救いたい意志、救われたい意志が合致してはじめてそれが実現する。受け身に待ってるだけでは世界は何も変わらない、変えてももらえないのだ

2015.06.18

弱者って何?

「弱者」を弱い人、負けてる人、負け犬などと否定的イジメの対象に考えるんじゃなく、弱ってる人、困ってる人、助けを求めてる ニーズを持ってる人と解釈してみる。

気付くのが遅れた人、気付くのに他の人より時間のかかった人。まだ間違ってる人‥
それも目に見えにくいけど「弱者」。 

もっと人と人が許し合える社会になればいいなと思え思う思いやり

2015.05.11

【 しょうがない味 】

たとえばハンドクリームを塗りたくった後で甘夏みかんを剥きたくなったり、脱ぎにくいブーツを履いた後で部屋の窓のカギ全部閉めたか確認したくなる。

そーゆーこだわり短絡的手順ミスは、
自称アーティストなわれわれにとって日常茶飯である。
けれども逐一んな障害気にてたらキリがない。
もともと不器用な人間だからして治療の施し様がないのである。
つまりは飛躍するところ
丁寧な生活と、几帳面すぎる生活は ちがうんじゃないか。
自分が疲れるほど丁寧すぎたら意味がない。
カラダ壊すほどやり過ぎない程度
丁寧な生活心がけませうねお互いに♪

Koregaigaito

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