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マインドゲーム

2017.07.14

久々の登壇である。
明るく楽しく元気よく。キンチョーしないといえば噓になるが、嘘つきは噓に正直ゆえ正直気分も楽。身体に毒。晴々とした空をみてると心はすっかり上々で、何はなくともアタクシはガランドウなのだ。空みろ!重圧忘れて愉楽に宙を舞い泳ぐ。嗚呼なんということでしょう。世の中がこんなに腐敗しきっておるのにここだけこんな贅沢赦されるのか。とまれ罪悪感などとうの昔に棄てましたから。どのみち人は誰しもある程度現実逃避しながら生き長らえる。至極真っ当義憤に駆られながら自己犠牲フル回転でお命削りまくりの正義マンも、寝ながら或いは真顔な心の片隅でね、エロごとイケ好かぬことその他悶々膨らませては抹消するわけ。一緒なわけ。人間マーブルでござんす。一筋亀甲結びでは短小短命に終わるがオチざんしょ。

時の流れは皆等しく一定で、遅いも早いもないというけれども、気力体力がそれ伸縮させるっていうのはあるよね。いらん事は相変わらずアタマん中ぱんぱん膨れあがっとるけれども、骨抜きされた腑抜けのブラック企業戦士の今となっちゃあ、休みは貴重ですからね。バタンキューて無意識のうち意識失って目が覚めたらあら不思議。いつの間にやら白々夜が明く早朝で、出社の時間ですからね。ふざけようにも程がない!唯一アタクシにできる抵抗は、そんな儚くも短い夢ん中で、精一杯はしゃいでふざけあって中出しするとゆー。つまり現実的には夢精なわけなんスけど、これまたあーたアタクシもう歳がね、ガタきてガタガタゆーとりますから、出るは出るにしても昔と比べたら随分いきおい衰えました。精子盛衰。

お笑いやってるんです。ええ誰も笑わないですけどおもしろいんですよねそれが。はじめは向いてないんじゃないかと絶望しかなかったですが、だんだん慣れてきてそんな極北的状況が笑いに変わりました。今さらやめられないしやめたくもないからもう笑うしかないじゃないですか。自分が笑わず他に誰が笑うんだって。終わらないお笑いってほらシャレにもならない状況でありながらシャレになってる。笑えるでしょ。笑いを堪えるのに必死ですよ毎日。はは

スマホ片手に持った時点で負け。もう既にそこから無為の時間がはじまってる。怒涛の・

あ ⁉︎

2017.06.16

ハッピーリタイヤメント 楽しく終われ

 ネットとリアルは地続きでないと考える。ネットだけでは地に足がつかない。浮き足立ってる。土がないからだ、ネットには。これは世界の普遍的事実。リアルあってこそのネットであって逆にネットを基準にリアルは成り立たない。これからどれだけネットが発展してもその関係性は逆転しないだろう。

 それを踏まえてみるといかに現代人の多くが「浮き足立っているか」よくわかる。ネットは情報操作の上ではかなり便利な道具だけど、そのいっぽうでネットの魔力に催眠され、ネットの片手間にリアルを生きる人間が増えている。これは便利の不都合といわざるを得ない。無限大の可能性というやつは一方で、それだけ先が見えない絶望を生むことにもつながるのだ。

 ユーザーの精神的成熟さが試されているのだと思う。その手軽さゆえに誰もが軽薄に扱い、一見誤魔化されてはいるけれども、これは一種の「修行」にちがいない。

 何を拾い、何を捨てるか

「持たない生活」「持たない贅沢」「貧乏入門」「断捨離のすすめ」など、バブル高度成長期の真逆を示す本がここ最近静かに売れているそうだ。「農業ブーム」もその影響の現われだろう。戦後復興の時代には考えられなかったことだが、便利なモノをつくりすぎてその道具箱のなかでもがき苦しんでるのが今の日本の風景である。誰もがいらないものを捨てたがってる。けれどもいったいそのどれが必要でどれがいらないものなのか自分でもまったく検討がつかない状態なのだ。

 20世紀は「向かっていく時代」、21世紀は「終わっていく時代」と考える。我々はちょうど世紀の節目を生きた貴重な世代。世紀末という名のとおり、20世紀を終わりに向かう時代と思っていた人は多いだろうが、アタクシの印象としては世紀末の暗さ以上に新世紀に向かう希望というか、世界の国々が一致団結して世紀を突破する明るさに満ちていた感じだ。とにかく楽しかった。世紀末ひとつにしても終わるカタルシスをかみ締めてた。
 当時絶大的な人気を博したマンガ「AKIRA」や、アタクシが記憶するなかでも「朝まで生討論」の番組にシャレじゃないけどオウムの麻原彰晃らが出てて、新興宗教団体が一同に会して議論を交わすという前代未聞の企画があり、とても興奮したのを覚えている。あれはおそらくあの時代だからこそ可能だったのだ。奇妙な話ではあるが我々は終わる希望に満ちてた

 が、いっぽう新世紀を過ぎたあたりから時代の空気は一変してしまう。まさしく無限の可能性=闇の宇宙である。我々は目指すべき時代の方向性を見失った。
 「ひきこもり」の青年やゲームや美少女フィギュアに埋没するオタクを責める人がいる。責めるのはカンタンなのだ。しかし責めるだけで何の解決策も提出しないとあっては無責任すぎるではないか。アタクシはその先を往きたい。答えは『ハッピーリタイヤメント』である。浅田次郎氏の小説にあった。良い言葉である。おそらく小説の内容は定年退職した人間ばかりを扱った、昔でいうところの大橋巨泉っぽい(といっても大橋氏のは完全自慢話だったが)本なのかもしれないが、この言葉は全人類に共通するアンチテーゼとなり得ると確信的に思った。つまりこれまでの社会常識からすると[リタイアするのは悪いことだ][働く体にさらに鞭打つかのようなバリバリ仕事人間が偉い]とする風潮があったが、終わりたい人間は終わればよろしい。ただし終わるのであればそれなりの覚悟をもって悲愴に暮れず、明るく前向きに受容れるべきとの解釈だ。
 ひきこもったり、仕事もせずにゲームに没頭しているとどうしてもコンプレックスから暗い気持になったり、他者に感情的に暴力を振るったりして迷惑をかけてしまう。そうなるのは自分で自分を認められないからだ。降伏できていない。たとえそのリタイヤが自分のせいでなく、身の上に降りかかった不運だとしても、すべてを受容れることでハッピーにリタイヤできる。
 何よりアタクシが哀しいのはこうした愚痴のひとつでさえ受け流せない世間の敷居の高さである。他者の失言や暴言はたしかに不快なものも多いが、いっぽうで聞く側の人間が涼しい顔をしていればそれは何ら問題はないのである。涼しい顔をしていられないのは自分に思い上がりがあるからである。許容できる範囲を上回るから動じてしまう。

 アタクシは終わりたい。人間の終わりを目指す者である。人はそれぞれやりたいことでできることをすればいいと思う。働く必要を感じれば、必要に駆られて働けばいいし、それが嫌ならせめて今の自分にできる精一杯の恩返しをして、とにかく周囲を明るく巻き込むくらいじゃないと互いに気が滅入るいっぽうだろう。
 諦めながら諦めない。つまりこれこそがハッピーリタイヤメントの思想である。ダメでもいい。ダメでもともと。人間など所詮己の価値を信じる生ゴミにすぎない。生きとし生けるものすべてがそのうちいつかは朽果てるのだ。
 少子化問題、介護問題、ひきこもり、いじめ問題‥それらすべては世の絶望に起因する。今の世の中、諦めたもん勝ちである。ハッピーリタイヤメント!明るく終わろう!

参考資料:

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2017.05.13

『 ないがままに生きる 』

万事快調
とくに何もすることがなく、 結果として何も起こらないまま
今日も安泰に一日が終わった 。

無計画どおりだ。

仕事に追われる身、立ち止まる時間も 考えてる暇もないので、
生活に〝ゆとり〟がない。

すべては思いつき、必要に応じて無意識下で動く 。
慣れなのだろう 。こうして幾日何年も過ごしていると自然と身体が反応してくれる 。
イッツオートマチック 。電車に揺られて運ばれてるようなもの 。

そこいらのニートどもは、〝ゆとり〟を持て余し、
穀潰し、懊悩し、生き苦しいときく。
才能花開いてそこそこ夢見がちに暮らせる少数エリートニートは
賞賛されつつ稼働もするだろうけど、大多数は脳だけで自己防衛し、
無駄を無意味と取り違え、フリーズしている。

働いたら負けと思っている価値観には
闘わずして白旗揚げてるような稚拙さかある。

動けぬと動かぬはちがうのだ。
これは自分が自分で決めた生き方。

会社に染まってみてルーチンがどんなに楽かわかった。
それまでアタクシは単に食わず嫌いだった。社会に出る勇気もなくずぶ濡れの仔犬のごとくずっと怯えていた。それだけだ。

人生は一度きり。儚く短い。
常識にとらわれ、いつまでたっても未成熟のまま
無駄を切り捨てていては人生そのものが無駄になってしまう。
無駄にこそ価値がある。とくに凡人には。

もっとはやくに気づくべきだった。どうせもう遅いのだから
今ならまだ間に合うのだから悔いが残らぬよう、
恐れず何でもやってみることだ。


卑屈になっても甘えん坊 。
えーかげんにせーよ ほんま 。。

2016.06.17

別れの挨拶

アタクシのなかでの別れの挨拶はつねに決まっている




「 お元気で 」




これに尽きる

人はいつでも一期一会
この世の不条理に生かされ死なされ
またいつか逢えるとも逢えぬともわからない

ならばいっそのこと
「お元気で」暮らしてもらいたい

万一亡くなっても
あの世で「お元気で」

さようなら また逢う日まで

 ・

死後は慎みますが

にしても非科学的な幸福の科学さんは
大層お金持ちなんですねぇ*

北朝鮮やヒトラー独裁ドイツ時代のプロパガンダ映画みたいな
趣味映画こしらえて
よく年貢納めてる信者の皆さんに怒られないもんだ@

われわれ日本国民が国にたいして
税金の無駄遣いバッシングしまくるのと大違い

よほど教育が行き届いているんだな きっと
いやたいしたもんです*

アタクシ思うんですが
こうした宗教モノって人類最大のサブカルじゃないですか
人類最期の終末で遺るサブカルのなかでも一番有力な気がする

信じるモノは救われる‥か

震災以降信仰に救済を求める層も拡大してるはず
いやがんばっていただきたいものです*

■ 「神は死んだ」

2016.05.29

人権交代。

Jinkenkoutai

煩い夏

 

定額給付金

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2016.03.31

★★★パワートゥーザピーポ! バカに力を!! ★★★

ナメハメハ お便器ですか 久方ブリブリうんこ 今出たとこ いっぱい食べなさい
射精と冗談は顔だけにして ホンマにもう(ウソ!)
毎年毎年ご無礼サマです
ニッポン全国 つ つ うらうら 春うらら
明日はどこでも四月バカ *

Rihabiribiri9

で? 今年どうすん?やるの?
アタクシないアタマ振り乱して必死に考えもした
時代のながれについてけない 
ものおぼえがわるい ハキハキしゃべれない
テキパキ動けない 関係ギクシャク
叱られっぱなし おいてけぼり
脈がない 会話がない ひとりぼっち
アカンもうダメ ウツなりそう
今年もヤなこといっぱいあった ウンザリするほど!!
どうせ棄てるんでしょ いつか滅びるんでしょ
もうジッとしてなんかいられない
恥を捨てよう 町で出よう
答えはイエス!‼!‼!


さあ バカ見の季節です!!
皆さん おカラダ拝借 パパンがパン
ええじゃないか ええじゃないか
 無人なって踊ろ ♪♪
んなバカなこと
ずっとやりつづけるだなんて
なんて四月バカな人!(ホント!)

2015.08.12

反原発

Photo_3

2015.08.09

『夏愚痴』

暑くてヅラが蒸れるヅラ →

                                              

2015.07.21

君ならまだヤレる

Mamamamamamario

喪の仕事

愚者の選択,,メタファー,ガルゲンフモール,モラトリアム ,2ちゃんねらー,よせばいいのに

2015.05.10

できないことはできる

 アタクシは「不得意分野」を好んで挑む業をもつ。なぜかというと 身の程を知りたいからだ。我が能力の限界をまざまざと我が目、ひいてはそれを目撃する観衆の目に見せつけたいからだ。

 傲りをなくすための修行ともいえる。人間できなくてあたりまえ。「何でもできる」と豪語する者は 今まで自分でできる「得意分野」にしか手を出してこなかっただけ、あるいは自分以上にできる人をスルーしてきたにすぎない。つまり できないことをやってこなかった結果が「何でもできる」なのだ。若いうちは「世間知らず」で済むかもしれない。だけれど いつまでも現実を知らずにいられるほど現実そう甘くはない。そのうちいつか 本当にできないこと 独りの力だけではどうにもならないことに行き当たり、立ち行かなくなる。そう来るまでの予防線、防衛策として はやいうちから できないことがあたりまえになっておいたほうが安楽。身のためである。

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